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「もう遅いんですよ、おぢいさん。泊つてつたらどうです」
「大きいかね」
客の心持が変ると共に、温泉宿の姿も昔とはまったく変った。むかしの名所図会めいしょずえや風景画を見た人はみな承知であろうが、大抵の温泉宿は茅葺屋根であった。明治以後は次第にその建築も改まって、東京近傍にはさすがに茅葺のあとを絶ったが、明治三十年頃までの温泉宿は、今から思えば実に粗末なものであった。
それは一尺近い美事な鮒だつた。だが、三匹きりなかつた。いかにも少いと徳次は路々思つて来た。さう思ふと、この鮒が本当よりもずつとちつぽけにさへ見えて来たのである。
突然だつたので、房一は思はずその醜い顔に紅味をうかべながら、軽く頭を下げた。その拍子にごく自然に眼玉と真向ひになる位置を外した房一は、さつきから気を引かれていた馬の方をちよいちよい眺めやつた。
「もうそんなにおよろしいんですの?すつかり御無沙汰していました。ほんとうに!よくおいでになれましたわねえ」
と云つた。
房一はふと自分に返つて訊いた。
見たことのない顔だつた。患者なら玄関から来る筈だ。
小谷は房一に話しかけた。
「さつき着いたばかりの新聞で見たんだがね、――堀内将軍がいよいよ凱旋されるさうだ」
房一の態度が穏かだつたので、相手はいくらか落ちついた。
と、誰かが大声で叫んだ。